Love Story

□第七.五話
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『そう…、私の存在を忘れた訳ではなかったのね』


と、開口一番そう一言残したのはこの喫茶店の女主人だった。

以前、顔馴染みだったが為の一言だと気がついて、懐かしいと眺めながら窓辺の小さな席に腰を下ろす。

すると、注文を聞くまでもないと云う様に薫り立つ紅茶の葉をティーポットに入れ始めた。


座ったその位置からは真ん中に大きな木を挟んで四方に広がる自然広場が見える。


整えられた芝生の上で偶に球で遊ぶ子供たちが見れるのだ、と誰かが嬉しそうに言っていたのを静かに思い出していた……




第七,五話





懐かしさに思いを馳せながら30分程、どうやら天気が傾いて来た様だ。
予報を半ば疑いながら持ってきた傘だったがどうやら当たりらしい。


徐々に曇り始めた空は今ではあっという間に灰色に染まり、大粒の雨が地を打っていた。



こんな雨じゃ人通りもあっという間になくなるわね…


早くも諦めを見せた彼女は自分用にも珈琲を淹れ、退屈そうにテレビのチャンネルを弄っていた。



…最後にあいつとまともに目が合ったのは一体いつだっただろうか。


当たり前の事がそうではなくなってしまう。
それはあまりに突然で…、
そして失ってから大切だったと気付いてしまうのだ。


今までよりもずっと深い愛しさが込み上げて…、

しかし同時にどうしようもない喪失感に襲われる。


あの時まで手を伸ばせば届く距離に居たのに…

今じゃ掴む事も叶わないとは…




「聞かないのですね」



気付けば口が先に出ていた。

年の割にはまだ若く見える彼女はテレビから視線を外さないままでどうでも良さ気に『何が』と言う。


返しに窮したのはこちらだった。そのまま何も言えなくなったのに対し、彼女の瞳が漸くこちらのを捕らえた。
恐ろしくはない、
だが逃げられない視線だった。


「私はね、二人が一緒であろうが、一人になろうが君を責めるつもりも、その権利もないわ。だから聞かない」

「……」

「…でも私は、『君が居なくなってから』のあの子を知ってる」

「……、」




この土地を離れてからの知らないあいつ、

空白の時間のあいつを…





「……そ、う…ですか」

「『どうしていた』とか聞かないのね」


ひとくち珈琲を口に入れて、すっくと立ち上がった彼女は少々不機嫌そうにこちらのテーブルへと足を向けた。


「…そんな事を言っても意味がないでしょう」

「なんだ。それこそ『それを聞いてあんたはどうするの』位、返してやろうと構えていたのに」

「結構な事ですね。…ですが傍観を決め込んだのではなかったのですか?」

「それと可愛い甥っ子を思う気持ちは別なのよ」



誤魔化せはしたが、実のところ口にしかけて飲み込んだ言葉だったから、…反論が出来ない。

姿を消したのはあいつじゃない。何を今更といわれても言い返す事など出来ないのだ。
そんな事は充分解っていた…つもり、だった。







静かな室内に、湯気を立てたカップの、陶器と机とがぶつかる小さなな音が響く。
それは丁度向かい側の席に置かれた。


「まあいいわ。きちんと考えてはいるようだし、」

「…はい」


ふと、目を外に向けた時に窓越しに傘を持たない何人かの人達が映った。

この近くには売店もない。雨宿りをするか、暫く走り続けるかしかないのだろう…


そしてそんな中…




(……あれは)



「でもこれだけは教えて頂戴。……どうかしようという気はあるの?」




その時ぼくは、広場の象徴になっている真ん中の大きな木に向かって走る、一人の姿を目にした。



「もう、行きます」

「え…」

「以前と変わらない美味しい紅茶でした。代金は以前と一緒だろうか?」

「ぁ、えぇ…これで丁度よ、頂くわ」

「ご馳走様」







頭を軽く下げ、玄関へと向かう。余裕のない声をあげたのはあいつの叔母上としてのものだった。



「…ヴォルフラム君!!」







ずっと、考えていた。










「……話を、したいと思っています。ゆっくり二人で話せる時間が出来たらいつか、話を…」







今はまだ、無理だとしても…






「そう。……ごめんなさいね引き止めて、雨がまたキツくなってきたから気をつけて帰りなさい」

「はい……ところで叔母上、今日は傘はお持ちですか?」

「傘?いや、こんなに降るとは思わなくて持ってきてないのよ」




それは丁度良かった。では叔母上…





眉を寄せるその姿に、

ぼくは一つの提案をした。













七,五話 fin.

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